日本の薬祖神 ![]() 少彦名命 (すくなひこなのみこと) |
古代中国最初の統治者 ![]() 神農氏 (しんのうし) |
■薬祖神
日本における医薬の祖といわれている神様は、大国主命(おおくにのぬしのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)です。
『因幡の白うさぎ』のお話で、鰐鮫を騙して海を渡ろうとし皮をむかれて浜辺で泣いていた兎に、「真水で体を洗って蒲の黄(がまのほわた:花粉)にくるまって寝ていなさい」と優しく教えられたのが大国主命です。
少彦名命は、童話『一寸法師』のモデルともいわれている神様です。
『日本書紀』によると、これら両神をもって我が国の祖としています。両神は国造りを進めながら、医薬、まじない、酒造り、温泉療法などを開発し、人々の福利厚生のために尽くされたとされています。
これら二神は各地の神社、温泉神社で祀られていますが、その中でも有名なのが、日本橋本町の薬祖神社と大阪の道修町(どしょうまち)にある少彦名神社です。
■少彦名神社
大阪の道修町(どしょうまち)といえば薬屋さんのメッカ。いまでも道の両側に製薬会社をはじめ、販売会社・卸問屋の看板がずらりと並んで絵います。そのど真ん中、ビルとビルの狭間に少彦名神社があります。
御祭神は少彦名命と中国の薬祖神といわれる神農(しんのう)で、大阪の人々は少彦名神社のことを親しみをこめて神農さんと呼びます。
少彦名神社の祭は俗に神農祭とも呼ばれ、毎年11月22日、23日に行われています。大阪ではその年最後の大きな祭りになるので、止め祭とも呼ばれます。この間、道修町界隈は笹につけた張り子の虎を持つ人々で大いに賑わいます。張り子の虎は百数十年来、神農さんの厄病除けのお守りです。御堂筋から道修町通りに入り、東(堺筋方面)に向かって約300m歩いた左手に少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)があります。神社の入口には注連柱(しめばしら)があり、その横には金色に輝く虎の像がお出迎え。参道を進んでいくとひっそりとたたずむ社が現れ、鳥居をくぐるとひんやりとした空気に包まれます。社の前後には大きな樟の木が茂っていて、荘厳な雰囲気が漂います。当神社は、日本の薬祖神である少彦名命(すくなひこなのみこと)とともに、中国で医薬の神様である神農氏(しんのうし)をお祀りしていることから、神農さん(しんのうさん)と親しまれ健康を祈願する参拝客が絶えません。
■神農
神農とは、古代中国の伝説上の帝王で炎帝とも呼ばれます。民に初めて農耕を教えたことから号を神農氏といい、農耕の神として祀られるようになりました。
また、神農氏は赤色の鞭で草木を打ち、百草をなめて医薬の基礎を創ったとされ、現在なお医薬の神として祀られています。
![]() 少彦名神社(神農さん) 大阪市中央区道修町2-1-8 |
神虎の守り 「張り子の虎」 | ||
| 神農さんといえば、お守りの「張り子の虎」。 なぜこれがお守りになったかというと、文政5年(1822)大坂で疫病(コレラ)が流行した時、道修町の薬種仲間が疫病除薬として虎の頭の骨を配合した「虎頭殺鬼雄黄圓(ことうさっきうおうえん)」という丸薬をつくり、神前で祈祷をして庶民に無料で施しました。この時お守りとして一緒に配られたのが「張り子の虎」です。その後、丸薬の効き目がいちじるしかったため、以来「張り子の虎」が当社のお守りとして世に知られるようになりました。また神農祭は大阪の一年の祭りの最後に行われるため、「とめの祭り」とも言われています。 ![]() |
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