ひまわり山の会

箱根観光と、旧東海道箱根越えの旅

令和元年 7月14日(日)15日(月)海の日)


箱根山は
箱根山は40万年前に活動を開始した第四紀火山である。カルデラと中央火口丘、二重の外輪山で構成され、内側には芦ノ湖を形成している。現在でも大涌谷などで噴煙や硫黄などの火山活動が見られ、致死性の火山ガスを噴出する場所もある。
山腹・山麓の多くの場所で温泉が湧出し、古くより湯治場として温泉郷が形成され箱根温泉が発展した。平安初期以前には東海道が箱根山の西方を北上、金時山より北の足柄峠を越えて東方へ延びていたが、富士山の延暦噴火(800年 - 802年)により通れなくなったため、箱根山の南方の箱根峠を通る街道が整備され、交通の要衝となった。江戸時代には箱根関所が置かれ、厳しい取り締りの拠点となった。
箱根山戦争と言われた巨大グループ同士の観光客輸送競争も派生した。全盛期ほどではないが、近年にも温泉テーマパークなどの施設が建設され、多くの観光客・リゾート客が訪れている。
箱根山は観光地として発達したため、険しい山の割に鉄道交通も発達しており電車等で芦ノ湖まで行くこともできる。都心から小田急電鉄がロマンスカーを箱根湯本駅まで直通させており、都心からの交通の便は非常に良い。
なお、東海道(国道1号)は現在も東西の重要な交通路であり、また標高最高地点のある箱根山は最大の難所であったが、東名高速道路や国道246号の開通によって、現在は箱根山付近においては幹線としての機能を弱めている。
2007年、「箱根火山」として日本の地質百選に選定され、2012年9月には箱根ジオパークとして日本ジオパーク認定を受けた。

令和元年5月19日02時15分 気象庁地震火山部発表 箱根山の噴火警戒レベル2に 大涌谷園地の立ち入り禁止の為旅行当日も
強羅発→早雲山→大涌谷→ 姥子駅(うばこ)→桃源台へのロープウエーでは、全線で運転を見合わせておりました
【旅程】
8月14日(日)
5:38発観音寺しおかぜ2号 →詫間発5:51 →岡山6:43着 岡山7:02発のぞみ110号→新大阪7:51着  新大阪8:17発ひかり512号→小田原着10:35  小田原発11:07発 →0:15 箱根登山線 →箱根湯本 11:23着  箱根湯本11:26発 → 12:04着強羅 強羅発→早雲山→大涌谷→ 姥子駅(うばこ)かんぽの宿箱根
15日(月) 海の日
かんぽの宿箱根8:30発→姥子駅9:00発→桃源台→芦ノ湖遊覧海賊船9:30発→箱根町港9:55着→10:00箱根駅伝折り返し地点→箱根関所跡→旧東海道杉並木→素箱根ゲンベルバーニーの碑→権現坂→旧街道石畳→甘酒茶屋バス停留所14:40→猿滑り坂14:42→見晴茶屋14:43→畑宿 14:48発バス→箱根湯本駅 15:10着  箱根湯本駅15:45発→小田原15:59着駅 小田原発16:35こだま669号→名古屋着18:43 名古屋発18:48のぞみ53号→岡山着20:23 岡山発20:39しおかぜ27号→宇多津21:15→詫間21:38→観音寺着2149
 

箱根関所 京口御門

 箱根関所は、江戸時代第一の主要道路である東海道を監視するために、設置された重要な関所です。箱根関所の役割(仕事)は、関所構内に掲げられた御制札(高札)に記載されており、旅人が関所を通るには、様ざまな検査が行われました。関所を通る旅人によっては、関所通行手形を持っていなければならないケースもあり、ことに箱根関所では、江戸から関西方面へ向かう「出女」の場合は、幕府の御留守居役が発行した証文(女通行手形)を必ず所持し、手形に記載された内容と持参した女性の特徴が一致しなければ、関所を通ることはできないという、厳しい取り調べが関所の役人たちによって行われていました。

 江戸時代末期に行われた箱根関所の解体修理の詳細な報告書である『相州御関所御修復出来形帳(慶応元年:1865)』が、静岡県韮山町(現伊豆の国市)の江川文庫から、昭和58年(1983)に発見されました。箱根町でこの資料の解読を行った結果、当時の箱根関所の建物や構造物などの全貌が明らかになりました。そこで、平成19年(2007)春の完成をめざして発掘調査を行ない、その成果や資料の分析結果に基づき、建物の復元や関所周辺の環境整備を行うことになったのです。

かんぽの宿 箱根

姥子駅から徒歩7分箱根の外輪山の雄大な自然に囲まれ、好天の空気が澄んだ日には、ロビーから富士山と芦ノ湖の素晴らしい眺めが広がります。温泉は「新姥子温泉」のかけ流しの湯。無色透明の肌にやさしい泉質で、特に女性のお客さまに好評です。
芦ノ湖桃源台

箱根海賊船乗り場にて

箱根駅伝 往路ゴール・復路スタート地点

往路ゴール・復路スタート地点の石碑は、芦ノ湖を正面にひっそりと佇んでいますが、駅伝当日は、たくさんのギャラリーで賑わいます。晴天の日には富士山も望む事が出来る素晴らしいロケーションですが霧雨の為残念でした。

駅伝広場「襷 -TASUKI-」

往路のゴール直前の曲がり角に位置する駅伝広場。箱根駅伝ミュージアムから、国道一号線を挟んですぐです。
ゴールしたランナーをイメージした石碑の裏側には駅伝の由来や箱根区間のコースが記されています。5区、6区のランナー達が駆け抜けたコースを目前に感動がよみがえります

滝廉太郎の『箱根八里』に「昼なお暗き杉の並木」と歌われているくらい、かつてはもっとたくさんの杉並木がありました。。 京都方面から来た旅人は、この門から中が箱根関所の構内で、旅人はこの門の前で身支度を整え、関所の中へと入りました。 江戸方面から来た場合には、この門から中が箱根関所の構内で、西へ向う旅人はこの門の前で身支度を整え、関所の中へと入りました 箱根フリーパスを利用して2日間楽しい旅をしてきました。

滝廉太郎の『箱根八里』に「昼なお暗き杉の並木」と歌われているくらい、かつてはもっとたくさんの杉並木がありました。。しかし、1904年(明治37年)に、湯本から芦ノ湖畔に至る新道を工事するときに、不足した工事費を捻出するため、並木を伐採売却したのだそうです。この時点で切り倒された並木は、松と杉を合わせて、1000本を越える数だったとか。現存は412本の杉並木が残っています、国指定史跡として保護されています

『箱根八里』(はこねはちり)


は、作詞:鳥居忱、作曲:瀧 廉太郎(滝 廉太郎)による
日本の唱歌・歌曲。1901年(明治34年)発行の
「中学唱歌」に掲載された。

歌詞には李白の漢詩、中国の故事や古典・歴史に由来する地名・事項が多く盛り込まれている。

箱根の山は 天下の嶮(けん)

函谷關(かんこくかん)も ものならず

萬丈(ばんじょう)の山 千仞(せんじん)の谷

前に聳(そび)へ 後方(しりえ)に支ふ

雲は山を巡り 霧は谷を閉ざす

昼猶闇(ひるなほくら)き 杉の並木

羊腸の小徑は 苔滑らか

一夫關に當るや(あたるや) 萬夫も開くなし

天下に旅する 剛氣の武士(もののふ)

大刀(だいとう)腰に 足駄(あしだ)がけ

八里の岩根(いわね) 踏みならす

かくこそありしか 往時の武士

 

歌詞の意味・現代語訳(意訳)

箱根の山は 天下の嶮(けん)
箱根の山は 天下有数の険しい難所
函谷關(かんこくかん)も ものならず

中国の関所・函谷関(かんこくかん)さえ比べ物にならない
注:長安の東、洛陽の西にある関所
萬丈(ばんじょう)の山
非常に高い山
注:1丈は10尺(約3.3m)。それが数万倍という例え。千客万来などと同じ。
千仞(せんじん)の谷
非常に深い谷
注:1仞は約6尺(2m弱)。それが数千倍という例え。
前に聳(そび)へ 後方(しりへ)にささふ
高い山が前にそびえ立ち 深い谷が後方を支える
雲は山を巡り 霧は谷を閉ざす
雲が山をかすめて流れ 霧が谷に立ち込める
注:雲海の可能性も考えられる。
昼猶闇(ひるなほくら)き杉の並木
昼でもなお暗い杉並木
羊腸の小徑は 苔滑らか
曲がりくねった小道は 苔むして滑りやすい
注:「羊腸の」は、曲がりくねった様子を山羊や羊の腸に例えている。
一夫關に當るや(あたるや) 萬夫も開くなし
一人の兵士が関所を守れば 万もの兵が攻めても落ちない
注:難攻不落の関所であることを誇張する例え。実際にはそれほどの兵力差があれば関所は落ちるだろう
天下に旅する剛氣の武士(もののふ)
国中を旅する不屈の武士
大刀腰に足駄がけ
大刀(たち)を腰に差し 足駄(高い歯の下駄)をはいて
八里の岩根 踏みならす
岩だらけの八里の道を 下駄を鳴らして進む
注:一里は約3.9km(日本)。ちなみに中国では500m。
かくこそありしか、往時の武士
昔の武士は、そのような格好や振る舞いだったのだろうか?
注:「かく」は「このように、そのように」を意味する古語(副詞)。「こそ」は強調の係助詞。「ありし」は、ラ変動詞「あり」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形。文末の「か」は、「こそ」を受ける疑問の係助詞(係り結び)。